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7月号
BAU VOICE Users情報誌 |
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川田洋一の『僕の日頃思うこと...』 |
・・・ 鹿内
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科学のあしあとと未来 第5回 |
アメリカと旧ソ連がしのぎを削り、宇宙開発競争は熾烈さを増していきました。1961年に「マキュリー計画」で旧ソ連に続いてアラン・シェパード飛行士を乗せての有人ロケット宇宙飛行に成功したアメリカですが、これに気を良くしたケネディー大統領が「60年代のうちに人類を月に送る」と声明を出し、 いよいよ月に行くことを決断します。 月を目指すにあたって、まず問題となったのは、「重さ」です。(日本の最新技術H-2Aロケットでさえ、4トンの人工衛星を打上げる為に289トンもの重さになってるくらいですから・・・)そのため最先端の技術の数々が投入されましが、その中でも注目に値するのが『燃料電池』。 初期のロケットは必要な電力を得るのにバッテリーを積んでました。月への往復約8日分となるとバッテリーの重さがネックになります。そこで酸素と水素を反応させて、「電気」と「水」と「熱」が得られる『燃料電池』が用いられました。バッテリーと比べ軽く出来るばかりか、発電時に水も得られ、宇宙船内の暖房(以外と知られてませんが、宇宙空間ってとっても寒いんです)にも利用出来るので別に積んでいた水も採暖の為の必要電力も減らせるという一石三鳥のシステムでした。 そして、このような少しでも軽くしようという努力により、サターン5型ロケット(それでも全長110mで大阪通天閣より10m程高く、しかも重量が2800トン)が作られ、いよいよ人類は往復77万キロの月へと旅立ち、1968年12月のアポロ8号の月軌道飛行、1969年7月のアポロ11号による月面着陸を成し遂げるのでした。 |
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建築るぷぷ青森 vol.2 (津軽編) |
青森にも良い建物、きれいな風景がたくさんあることを少しでもお知らせしたいと思い、つくったコラムです。気まぐれで載せていきたいと思います。今回はベイブリッジを越えて津軽半島津軽国定公園を目指します。 青森市油川からは新しくできたバイパスをとおりあっという間に蓬田村。 「マルシェよもぎだ」で新鮮な野菜を買って、、、そこからはすぐに蟹田です。 蟹田町に入ると大きな展望台のようなものが見えてきます。 「トップマスト」 地上30mから陸奥湾を展望できます。しかし、エレベーターは無く、階段で登らなくてはいけません。特に女性はスカート、ヒールの靴では無理でしょう。階段が鉄の格子で出来ており、スカスカで下からはパンツ丸見えになります。ヒールは穴にはまっちゃいます。なにげにスリッパが置かれています。私はそれよりも道路反対側にある観瀾山がおすすめです。トップマストより10m(たぶん)高く、頂上にはログハウス風の休憩所があり、とても気持ちがいいんです。この場所は太宰治が「津軽」を執筆する為、青森に来たとき、友人と一緒に桜見をしたところで、太宰の記念碑もあります。ここからはかろうじてベイブリッジ、浅虫温泉が見え、脇野沢の鯛島、仏ヶ浦が少し見えてきます。ここ蟹田町では陸奥湾の形が手に取るようにわかりますよ。 さて、さらに北に向かいます。すぐ平舘村に入ります。海岸沿いということもあり、道路の右側の建物はすぐの海に面して建てており、道路より低い建物が多いです。逆に左側は道路より高く、高いところでは10mくらいもあります。排水管がむきだしで側溝につながっていました。冬、凍らないかな、、、、、 まあ、細かい心配は置いておいて、そろそろ国定公園に近付いてきました。大きな白い灯台が見えてきます。 国道に面した灯台ということで全国でも珍しいものです。ここには津軽海峡をとおる船に合図をおくる大きなラッパがあり、現在は使われていませんが、当時、対岸の脇野沢まで聞こえていたようです。さあて、次はここから更に高野崎、竜飛、権現崎を目指します。 |
「Hans J.Wegner」
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「新番付発表」 |
下町大工組合 親方 叩 だいく
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「番付」と言うと、相撲の「番付」を連想される方が多いと思います。ところが、建築においてもこの「番付」が重要な役割を果たしているのです。 今日のように、図面の無かった時代、大工さんは、一枚の板に“碁盤”のように線を引き、その交点に丸や四角のしるしで柱を書き込み、縦方向にイ、ロ、ハ・・・。横方向に一、二、三・・・という符号をつけ作業の為の座標をおこした。(5月号参照) 更に、建具や壁などの書き込みをしたものを“板図”(いたず)とよび、仮名と数字の交点から、材料の加工や組み立てに役立てた。字の読めない人が多かった時代の事、字に代えて植物の絵や模様を書き込んだ“絵番付” というものもあった。 この番付(板図)は残っているものは少なく、又、柱や梁の目に付かない処にかきこまれるので、建物を解体したときに、初めて人の目に触れることが多い。この墨の跡から当時の大工さんの仕事振りがうかがえる。実際、現在でも設計を進めるに当たり、算用数字とアルファベットで通り符号をつけて作業をしている。 1通りの柱、B通りの梁など・・ 数学の座標であれば、こと珍しくないが、先人のアイデアが今も表現こそ違え脈々と生き続けていることに感服したしだいである。 |
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![]() 『バルコニー・ベランダ・テラス』 それぞれの違いがわかりますか? |
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| 一ヶ月に渡り行なわれたサッカーワールドカップですが、皆さんは観ていましたか?なんと視聴率が70%近くだったそうで、10軒に7軒はサッカーを見ていた計算になるんですね。 視聴率に引けをとらないのがベッカム人気。尋常じゃありません。イングランドの選手は着た物を洗濯もせず、そのまま日本へプレゼントしたそうなんですが、その汗まみれの服を奪い合い、ベッカムが着たかわからない服の匂いを嗅いできゃーきゃーしているんですよ。おかしい、、、狂っている、、。「ベッカム、ベッカム」と走り回る女性達を見ながら、そのパワーを他に使って欲しい、、、と切に願いました。そんなテレビの中だけでは終わらず、先日、床屋に行った際に、若い男の長い髪がみるみる内に短くなり、さらに上に向いて立ちはじめ、セットの時には更に真ん中に寄せていました。そうです。ベッカムの一丁上がりです。ふぅ〜。とため息をついた自分にハッとし、若くないんだということに気付いてしまったワールドカップでした。 |
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neo.bauhous |
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