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4月号
BAU VOICE Users情報誌 |
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川田洋一の『僕の日頃思うこと...』 in Europe |
・・・ 鹿内
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| 国境を越え、お金をオーストリア「シリング」からハンガリー「フォリント」に替え、トイレ1回券(※1)をもらい昼飯です!なんかカレーらしきものが出てきて甘酸っぱい??あ!パイナップルが入ってる!醤油をかけないと・・・・ 食べ物はさておき、建物はさまざまな様式が入り混じっています。それぞれの時代で宗教的なものから生まれた様式など、いっぺんに見ることが出来ました。 例えば、ゴシック(※2)、ネオゴシック(※3)、ロマネスク(※4)、アールヌーボー(※5)・・・ しかし、、、まるで日本の神社仏閣を見ているようでみんな同じに見えてきました。 ただ、こっちのすごいのはこの神社仏閣を行政機関が今も公共施設として使っていることなのです。建築に対する考え方の違いなんでしょう。 ![]() 夜の部!なんと!上の写真の建物が温泉です・・・。大きな明治の風呂みたいな、、、天井がドーム状に吹き抜けているトルコ風呂のイメージです。海水パンツをはいてプールの延長のようですが、温度も36,7度でぬるいというか冷たいという感じでした!
※1 ただで入れるところなんてないんです。 ※2 「ゴシック」とは「ゴート族風の」という意味で、「北方のゴート族の様式で、ゴテゴテしていて醜悪極まりない」と悪い意味で生まれましたが、今ではゴシックは悪口でも何でもなく、一つの時代様式を表す用語として使われています。窓をなるべく広く、そして高くするためにいろいろな建築技術が駆使されました。 ※3 大聖堂の様式としてヨーロッパ各地に広まったゴシック様式を、19世紀前半に起こったゴシック・リバイバル(ネオ・ゴシック)として公共建築や住宅にもそのデザインが用いられるようになった。 ※4 ロマネスクとは「ローマ風の」という意味で、11、12世紀に流行した建築です。全体的にローマ風の重厚な趣があります。ロマネスク様式の構造で主役を務めるのは、重厚な壁、円頭アーチ、円筒ヴォールト(アーチ状の天井)などです。 ※5 アールヌーボーとは「新しい芸術」という意味で、パリに開いた美術商店名に由来。 アールヌーボー様式の建築では植物的曲線を駆使した装飾を施したり、鉄を素材として曲線の構成を多用した建物が特徴 |
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科学のあしあとと未来 第3回 |
飛行機を手に入れ、大地の束縛から解き放たれて20世紀は幕を開けました。その飛行機の発展も、20世紀の中葉にさしかかり、一つの壁にぶつかります。「音より速く飛べるのか?」当時主流だったプロペラ機では勿論の事、実用化されつつあったジェット機でさえ、この「音速(大体時速1000・程度)」を超える速度での飛行は容易でなく、音速に近付くに従っての機体の異常振動や、なかには空中分解した例もあったりで、突破不可能な速度であると考える者もあった程でした。しかし、2次大戦後の1947年10月、アメリカ空軍パイロット「チャック・イェーガー」の操縦による「X-1」が、音速を突破しての飛行に成功します。この「X-1」は推進力としてロケットエンジンを使いましたが、燃料が重すぎ自力で飛び立てないためB−29を改造したマザーシップで上空へ運んでもらい、そこで切り離し、エンジン点火、加速を始めるという方法を用いました。 これだけ、大掛かりなプロジェクトとして、莫大な資金を使って、ようやく「音より速く飛ぶ」事を達成し、「音より速く物体が動ける」ことを証明したのですが、実は、馬車から馬にむかって振るっているムチが、音速よりわずかに速い速度で動いていた事に気が付くのは、もう少し科学が進んでからでした。 |
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「蔵のある家」 |
全国火事太りの会 主宰 火元 倉蔵
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江戸時代に入り、幕府は諸大名に城の築城や修理を厳しく規制した。その為、築城に携わっていた技術者は、職を失うはめになった。この築城における左官技術が、都市部で“商家”をはじめとする『蔵』に再生された。 本来、敵の攻撃、特に火による被害から城を守る為の一策として、厚い壁を備えたが、『蔵』になると、火災の類焼から、大事なものを守ることに役立ち、多く造られるようになった。火災に強い土蔵を造りはじめたのは質屋さんで、預かった品物をそこに保管していました。土蔵は火ばかりでなく 熱も遮断することから、酒・味噌・醤油などを造る醸造蔵としても利用されるようになった。 荒壁、裏返し、中塗り、上塗りの工程を経て、厚さが30センチを超える壁も決して珍しくない。今日的な言葉で云えば、「耐火的な建物」に姿をかえた。 『文庫蔵』『米蔵』『味噌蔵』など、名称、用途の違いこそあれ、『蔵』の存在が、その家の経済状態のバロメーターとなった。 厚い壁により、柱や梁など太いものが必要で、壁を塗る際も十分な乾燥期間が必要である為、『蔵』そのものの建築費用は相当のものであった。 住宅から、塗り壁が姿を消しつつある昨今、『蔵』の修理は、優秀な左官屋さんの発掘からはじめなけれならない時代となった、、、。 |
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連載 井戸端会議 第16回 |
「ねえねえ、いつも現場に行くと柱に文字が書かれてるんだけど、あれ何?」『なんて書いてるの?』 「えーと、たしか(を-七)とか(り-四)とか。」 『それはね、柱の番号で番付けと言って仮名が縦軸、数字が横軸でどこにどの柱が建つかをあらわしているんだ。梁の掛け方で一本一本、溝が違うことがあるからね。』 「でも(あいうえお)順になってないよ。」 『そう、これは昔から(いろは)順なんだ。仮名が五十音になったのは比較的最近だからね。』 「へー。なつかしいな。いろはの先全部言える?」 『ん〜なんとか。 いろはにほへとちりぬるを (色は匂へど散りぬるを) わかよたれそつねならむ (我が世誰ぞ常ならむ ) うゐのおくやまけふこえて (有為の奥山今日越えて) あさきゆめみしゑひもせす (浅き夢みじ酔ひもせず) だね。』 「すげっ。年齢疑うなー。」 |
| 小館木材-小館さんからの投稿をひきつづき紹介します。 『品質確保促進法と在来工法』3 昔、大工さんは木材を手配してからその材を柱として使うまで、何年もの間ねかせておいたものである。自然と乾燥の進むのを待っていたわけである。よい大工さんは早くからたくさんの材料を手配し、うら干し陰干しをしていたものである。 昭和の名棟梁と言われた青森の宮大工・大室勝四郎棟梁も、青龍寺の五重塔を建てるとき、その材料を製材としてとってから、長い間お寺の境内に「五重塔に使う材料です」と明記し干していたことを覚えている。十分干して狂うものは狂わせ、そるものはそらせ、ねじれるものはねじれさせ、その後まっすぐに削りなおして使っていた。また使う際も建ててからねじれそうなものは、そのねじれがお互いに突っ張りあって帳消しになるような木組みをした。建前をして柱を立ててから内部の造作工事に入るまで、わざと時間をかけて構造躯体部分のゆがみをチェックし、直してから、おもむろに内部工事にとりかかった。ゆっくりと時間をかけ丁寧に作るのが本来の日本の腕のよい大工職人たちの仕事の進め方だった。 今回の品確法の構造躯体部分について、性能基準への対応は時間をかけるかけないの別はあるものの、何としても乾燥した木材を使わないと対応できない様相を呈している。 ---次回につづく--- 次回は最終回。品確法とこれからの住宅建築をお送りします。 |
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![]() 『こけら』 屋根などに用いられる薄い木の板を言う。 昔はお寺の屋根は「瓦ぶき」、そして芝居小屋は「コケラぶき」(杉や檜の薄板)であった。 「コケラ」には他に「木くず」という意味があって、そのコケラをきれいに払い落として、初めて新築完成とする習わしがあり、それが転用されて「コケラ落とし」と言う。これが劇場などを新築した時の披露興業を意味するようになった。 |
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| いやー、春ですねー。天気の良い日には仕事をほっぽって、ドライブなんかしたい気分になってしまいます。県内あちこちの現場に行くことがありますが、その都度、青森のすばらしさを実感します。海や山の自然、名所と呼ばれる場所がおおいことおおいこと。そうだ! 青森の建築物を紹介しながら、青森のすばらしさを伝えるコーナーを作りたいと思います。「建築るぷぷ青森」なんて。毎月一回、取材と称し、天気の良い日にはドライブに行こっかなー。ワクワク。 |
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